血圧の高い状態が続き,これに特有な心臓血管系の障害(高血圧性血管障害)を伴う病気を,高血圧または高血圧症という。正常な人でも時には血圧の上昇することがあるが,それは一時的な血圧上昇であって高血圧とはいわない。一つの人口集団について血圧を測定し,その分布をみるとだいたい正規分布を示す。このような連続的分布を示す血圧について,どの値をもって異常とすべきかは難しいことであるし,どのように決めても結局は人為的なものである。そこで当然のことながら,高血圧と診断するための血圧値についても,高血圧の定義のしかたによって違いが生じる。1978年世界保健機関(WHO)では,〈2回以上の異なった機会に3回以上血圧を測定し,その平均の値が収縮期血圧160mmHg 以上,拡張期血圧95mmHg 以上の,少なくともどちらか一方を満足するときを高血圧と呼び,収縮期血圧が140mmHg 以下でしかも拡張期血圧が90mmHg 以下のときを正常血圧とする。高血圧と正常血圧の中間の場合は境界域高血圧とする〉と定義している。これは一般成人についての定義であるが,実際には年齢なども考慮して決めねばならない。
高血圧は,原因が明らかではない本態性高血圧と,何か原因となる病気があって高血圧はその一つの症状にすぎないと考えられる二次性高血圧とに分けられる。高血圧患者の95%以上は本態性高血圧で,残りの5%以下は二次性高血圧である。二次性高血圧には,腎性高血圧,内分泌性高血圧,心血管性高血圧,神経性高血圧などがある(表1)。
本態性高血圧の原因はまだ明らかにされていないが,これには食塩の過剰摂取,交感神経の緊張,腎性昇圧因子(レニン・アンジオテンシン系など)の過剰,あるいは腎性降圧因子(キニン系,プロスタグランジン系など)の欠乏などの関与が考えられている。本態性高血圧は原因不明の高血圧であり,その診断は高血圧のなかから二次性高血圧を除外することによってなされる。かつて本態性高血圧と診断されていたものから,その後の研究によって多くの二次性高血圧が見いだされてきたように,今後も医学の進歩によってその他の二次性高血圧が分離してくる可能性があり,現在本態性高血圧と呼ばれているものも単一の病気ではないと考えられている。しかし現在本態性高血圧と呼ばれている病気には,つぎのような特徴がある。
本態性高血圧は,高血圧の遺伝的負荷のある者に中年になってから起こってくる場合が多く,初期には血圧が高いだけで他に症状のないことが多い。一般に高血圧の症状といわれている,のぼせ,めまい,肩こり,頭痛などは高血圧がかなり進んでから起こることが多く,これらは高血圧そのものによる症状というよりは,一般に同時に存在する動脈硬化などによって起こっている可能性が大きい。
本態性高血圧は遺伝性の病気と考えられているので,診断のさい問診で血縁者に高血圧の者がいるかどうかを確かめることが重要である。二次性高血圧には腎臓の病気によるものが多いので,今までに浮腫,腰痛,乏尿などがなかったかどうかを聴くことがたいせつである。またクッシング症候群の患者は特有な肥満体型を示すことが多いので,これにも注意する必要がある。また二次性高血圧には腎血管の異常による腎血管性高血圧もあるので,腹部に血管雑音がきこえないかどうかなどをよく検査することが重要である。そのほかに一般検査として,尿や血液の検査,胸部X線写真,心電図,腎機能検査,眼底検査,血漿レニン活性の検査などが行われ,高血圧の原因疾患,高血圧の重症度の診断が行われる。
本態性高血圧の初期には症状のみられないことが多く,また検査でもとくに異常を示さないことが多いが,長年にわたって高血圧が続くと,全身の臓器とくに心臓や血管に高血圧に特徴的な変化が起こってくる。とくに脳,心臓,腎臓など生命維持のために重要な臓器における血管変化が著しくなり,このために脳卒中,狭心症,心筋梗塞(こうそく),心不全,腎不全などが起こってくる。眼底にも動脈壁の肥厚,交叉(こうさ)現象,出血,白斑,網膜浮腫,乳頭腺腫などがみられるようになる。
二次性高血圧の場合は,原因の除去できるものに対しては外科的摘除(副腎腫瘍によるものには腫瘍の摘除,腎血管性高血圧には腎血管修復術)などが行われるが,一般に高血圧の治療としては非薬物治療(一般療法)と薬物治療とがある。
非薬物治療には食事療法,運動療法などの生活習慣改善法がある。食事療法には食塩摂取量の制限,肥満是正のためのカロリー制限などが含まれる。食塩制限については多くの研究成績があり,かなり確実な効果があることを示す報告が多い。食塩制限は高血圧治療において基本的に重要であると考えられ,薬物療法に入る前に,これを実施し,これで十分な効果が得られないときに薬物療法を開始する。薬物療法を開始しても食塩摂取の制限は続けるのが原則である。肥満に伴った高血圧がみられ,肥満を是正すると降圧のみられることはしばしば経験することであるが,肥満時血圧が上昇する機序についてはまだ必ずしも明らかではない。
中程度の身体的運動(例えば毎日30~45分間の歩行)を続ければ,ある程度の降圧がみられることが示されている。またこれは高血圧の発生予防にも役立ち,その他の心血管疾患のリスクを低下させることも示されている。
高血圧に対する薬物療法は近年飛躍的な発展をとげ,従来難治であった多くの高血圧が薬物療法によって治療が可能となった。たとえば悪性高血圧はきわめて予後不良の病気で,数年以内に大半の患者が死亡するほどであったが,最近の降圧薬療法によって死亡率が激減している。
現在われわれが用いている降圧薬(血圧降下薬)は1950年代から登場しはじめたもので,その作用機序によって,利尿降圧薬,血管拡張薬,交感神経抑制薬,カルシウム拮抗薬,α遮断薬,β遮断薬,α,β遮断薬,アンギオテンシン変換酵素阻害薬などがある。これら降圧薬の分類と作用機序および副作用を示したものが表2である。
これら降圧薬の使い方については医師によって多少の違いがある。一般に軽症高血圧には,利尿降圧薬,β遮断薬,アンギオテンシン変換酵素阻害薬,カルシウム拮抗薬,α遮断薬,α,β遮断薬のうちから1種類を選んで使用する。中等症以上の高血圧については,前記5種類のうち1種をもって開始するが,それで不十分のときには,作用機序の異なる降圧薬を使用する。そうすることによって薬の相乗効果をねらい,また副作用の軽減をはかるのである。
長期降圧療法の効果については65年ころから多くの報告があるが,降圧薬療法は軽症から重症までの高血圧に用いて,血圧を下げ,高血圧合併症の発症を抑制し,延命をはかる意味できわめて有用であることが報告されている。
→血圧 →血圧降下薬
執筆者:海老原 昭夫
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…危険因子を重複してもつ場合には相乗的に危険性が高まる。欧米の資料では,高脂質血症・高血圧・喫煙・糖尿病・肥満が最も重要で,主要危険因子と呼ばれる。日本では,高血圧が最も重要と考えられ,次いで高脂質血症・喫煙が重要であるが,肥満については明らかでない。…
…たとえば,キリンの血圧はきわめて高い値を示し,それによってあの高い頭まで血液を送ることができるのではないかという報告もなされている。またヒトの高血圧を研究するための実験モデルをつくるのにイヌ,ウサギ,ネズミなどがしばしば用いられているが,イヌの血圧は大腿動脈を用いて直接法により,ウサギやネズミの血圧は耳や尾を用いて間接法で測定することが多い。
[血圧の変動]
血圧は季節によって変化する。…
…高血圧に伴って急激かつ一過性に脳症状の出現するものをいう。いかなる原因による高血圧でも生ずるが,悪性高血圧,糸球体腎炎および子癇などによることが多く,発症年齢は原因となる疾患のそれと同じである。…
…この疾患の原因はまだ明らかでないが,実験的にはアドレナリンやニコチンなどの薬剤投与により類似病変が作成されることから,長期の血管運動神経を介しての収縮刺激によるという説があるが,一方では動脈硬化が変わった形で発現したにすぎないという考えもある。(3)小・細動脈硬化 大型・中型動脈の粥状硬化や四肢の中膜硬化とは明らかに区別されるもので,おもに高血圧との関連が重視され,日本においては,その破綻(はたん)による脳出血の頻度の高いことから注目さるべきものである。小・細動脈は臓器内を走る動脈であり,病態,成因などはそれぞれの臓器の機能,臓器内での血管の走行,分枝様式,血管壁構造と代謝,臓器内での血流動態など,それぞれの臓器固有の特徴に基づいて論じられねばならない。…
…原因が不明な特発性のグループは鼻出血総数の約80%を占め,なんの心当りもないのに突然に,しかも出血の時間は短時間(数分から10分以内)に限られる特徴がある。原因が明らかな症候性のものには,外傷,鼻の腫瘍,高血圧症,動脈硬化症,白血病,貧血などさまざまな病気がある。小児の鼻出血に多い原因は外傷で,頭や顔を打った,鼻炎や副鼻腔炎でくしゃみや鼻をかむ回数が多い,鼻腔に異物を入れた,鼻をこすったりほじったりした,などがよくみられる。…
※「高血圧」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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