国主村(読み)くにしむら

日本歴史地名大系 「国主村」の解説

国主村
くにしむら

[現在地名]貴志川町国主

貴志川とその支流山田やまだ川の合流点の左岸にある。西は長原ながはら村、北東神戸こうど村。「続風土記」は「神戸の出村なりといふ、国主明神鎮まり坐せる所なるを以て、直に神名を以て村を呼ひ来りしなり」と記す。地名は安貞二年(一二二八)三月二四日付の御使等田地寄進状(国立史料館蔵那賀郡古文書所収国主村薬師寺文書)に「国主之四至之内」とみえ、また寺院名であるが、嘉元元年(一三〇三)六月付沙弥阿念置文(同文書)に「紀伊国那賀郡貴志庄内国主寺」とみえる。慶長検地高目録によると、村高一六一石余、小物成三升。天保郷帳では村高一九八石余と約二割の増石。小倉組に属し、「続風土記」は家数四〇、人数一二〇、社寺として薬師寺(真言宗山階派)、国主明神社(現大国主神社)、鎮守社を記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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